カキの負い続ける不安


(カキ)          (クリとモモ)

15時頃、黒岩さんに伴われ、「モモ」が我が家を訪ねてきた。モモはカキとクリの母親である。我が家から5分もかからないところに、病身であられる黒岩さんとともに暮らしている。毎日の散歩のなかで、我が家を訪ねるのを楽しみにしているとのこと。子どもたちに会うのが楽しみなのか、カミさんに会うのが楽しみかわからないが、そうした来訪者があるのは嬉しい限りだ。
これまでもモモ来訪の際のカキとクリ、それぞれぞの反応の違いについてはカミさんから聞いていた。カキはモモにも、そしてかつての飼い主である黒岩さんにも知らんぷりを決め込み、一方のクリはハイハイで親愛の情を表明してやまない。ところが、きょうはその基本パターンを超えて、カキの様子がおかしい。モモとカキが楽しそうに戯れ合っているそばで、何かに怖じ気づいたか、カラダが固まって動かない状態なのだ。耳もさげ、完全警戒体制である。われわれが交互に「どうした、カキ」「ちょっと今日はヘンだね?」と声をかけても、こわばりは一向に溶けそうにない。
その理由がわからないまま、モモが帰り、台所で夕餉の準備をしていたカミさんが、突然、「わかった!」と声をあげた。「カキは、黒岩さんに連れて帰られるに違いないと思い込み、その不安にカナシバリとなったんだわ」というのだ。そういえば、今日は塀の工事が行われ、門が開いていたこともあって、黒岩さんがふだんと異なり、庭先に入ってこられた。「どうぞ、どうぞ」というお誘いの言葉が、カキにとっては不安心のスイッチを入れてしまったようだ。
カキとクリの二匹、我が家に落ち着くまでは、首輪なしで周囲を飛び回っては、ご近所の叱責をかい、恐らくこっぴどく殴られたり怒鳴られたりして、野良のような自由行動の一方で不安な日々を送っていたに違いない。また、母親のもとを離れ、二匹で次の飼い主にもらわれていってからも、どうも相性があわない状態が続き、最後は弟のクリのほうが、クルマに乗ったカミさんへの必死の追走を決め込んで、やっと我が家にたどり着いたという次第である。
言われてみれば確かに、感受性が豊かで賢いカキは、またいつ他の飼い主のもとに連れていかれるという不安感をもっているようなところがある。その不安の核心部分に火がついたというわけだ。そう思うと、急にカキのことが愛おしくなってきた。今日の一件(人間どもの何気ない会話)が、カキが負っている根源的な不安を駆り立てたとすると、まことに申し訳ない。
一方のクリは、パニック状態となったカキをよそに、無頓着で極楽トンボそのものである。同じ境遇を生きてきたにもかかわらず、この違いには驚かされる。個性・個体と環境との間には、ヒトにしてもイヌにしても、くめど尽くせぬ深い謎と溝があるということか。こちらの言わんとすることを必死に考え察しようとする健気なカキに、これからはもっと優しく向き合ってあげることにしよう。

 *カキとクリ、我が家へ→ http://d.hatena.ne.jp/rakukaidou/20060919