脱出犬の顛末と塀の工事


この3週間ほど前から、ご近所で左官業を営まれている吉村忠さんにお願いしていた我が家の塀工事が完了した。以前の持ち主からこの家を引き継いだ際はコンクリートブロック塀であったが、今回、思いきって漆喰塀にすることにした。加えて、「脱出犬・カキ」との攻防が当方の完全敗北に終わってしまったので(苦笑)、塀の工事とあわせ、脱出防止ネットに替えて金網フェンスを設置してもらうことにした(フェンス工事は未完)。カキ・クリはこれまで何かあるとそろって「番犬」意識を燃やし、塀に駆け登っては通行人の方々に頭上から吠え、ご近所に迷惑・心配をかけていた。しかし幸いなことに、工事の進展ともに、「塀上犬」の姿は完全に失せることとなった。塀の上に瓦が一層のっただけで、塀に飛び上がり、ないしは顔を出して吠えまくるという奇行をブロックできることとなったのだ(快)。
工事は、塀に瓦をのせ、漆喰をのせる前作業でセメンを塗って、最後が漆喰塗である。3週間前からといっても、その間に雨がふれば作業は数日中断、左官さんの用事があればそちらを優先してもらうといったことで、いたってスローなペースで少しずつ進んできた。スローというのは決してマイナスの意味ではなく、丁寧に自分で納得しながらということだ。そして、最後の漆喰行程は天気のいい時に一気にやらないといけないということで、昨日・今日と応援の左官さんも入って3人で手際よく作業が進み、完了にこぎ着けた。
最近は、新建材の出現やコストダウン、工期短縮といった理由から伝統的な漆喰工事が消えつつあるので、左官さんにしてみれば久しぶりの腕を奮っていただく機会となったようだ。仕事の脇で、左官さんの世界についてもいろいろ教えていただいた。吉村さんによると、以前の漆喰は石灰に海草糊やスサ(麻の繊維や紙などを細かく切ったものまたは川砂)を混ぜペースト状にしたものを、コテで押さえて仕上げるというものだったけど、最近は海草糊やスサを使うこともなくなり、化学糊となって、仕事の段取りもずいぶんと変わったそうだ。面白いと思ったのは、十数年前に、プラスチックのコテが出現したことで、漆喰の表面をツルツルにすることが可能になったという話。実際にさわってみると、そのコテでならす前と後では、表面の感触がまったく違うから不思議だ。それから、防水のために、漆喰にサラダオイルを混ぜるというのも初めて知った。
職人さんの仕事は、10時と3時のお茶タイムが必須といことで、手づくりクッキーをお出しするなど、カミさんがサービスにこれ努めてきた。しかし、お茶タイムのおかげで、家家の事情を含め、この地域のよもやま話に花が咲き、ずいぶんとご近所のことに詳しくなった。これが、遠方の職人さんに頼んだらこうはいかないだろうし、ゆったりとしたスロー・ワークでないと、話の花も咲くまい。ここ芥屋には大工さん、左官さん、植木屋さんなど「家」にかかわる職人さんがおられ、信頼できる“ホーム”ドクターには事欠かない。家の整備・維持はご近所づきあいと重なりあう部分が少なくない。しかし、工法の近代化や後継者問題などに直面するなかで、職人さんたちの、地域に根をはるかたちでの仕事と経済の循環をどこまで存続させることができるか、不安要素や不確実性は膨らむ一方だ。他方で、職人の仕事が脚光を浴び、茂木健一郎さんのNHK番組「プロフェッショナル」で、匠の左官さん等が取り上げられる時代でもある。日本的な伝統や感性を凝縮した職人さんの世界をどう復権させていくか、理想と現実のギャップを含め、今日の社会や産業のありかたそのものに関わっているように思う。