福岡で「オリンピック 世界こども会議」を!

2016年の夏季オリンピック国内候補選定で、福岡市が東京都に敗れた。55名の選定委員による投票結果は、東京都33票、福岡市22票だったそうだ。個人的には、敗けてよかったと思う。
地元紙の西日本新聞は「市民不信の壁破れず」という見出しの解説記事で「2016年夏季五輪招致を目指した福岡市は、2つの「壁」に屈したといえる。1つは首都東京の壁。そして残る1つが、市民の不信の壁だ」と書いた。確かに、その通りである。
福岡都市圏に住み、福岡市内で仕事をする人間の感覚からすると、今回の五輪招致の一件はあまりにも唐突で、市民等への説明にしても「腑に落ちるもの」がほとんど感じられないものであった。もちろん私の周囲でも、「福岡市が本物の国際都市となるのに五輪開催はまたとない機会」とか「どうしてマイナス思考でなくプラス思考で対処できないのか」といいった反応が結構あったけれど、どうも降って沸いてきた思いつき的な“未来図”を後付け的にアレコレ解釈しているようなところがあって、論理的な必然性や内発的な切実さが不在のままであったように思う。ふだんこうしたことには無関心の母すらも終始、「オリンピックげな来んほうがよかよね」と言っていたくらいだ。
それじゃ、「中央(東京)VS地方(福岡)」というステレオタイプで評論家風に敗因分析をすればそれで済むのかといえば、それもちょっと違うんじゃないの、といいたくなる。ほんじゃ、もう一つの「市民の不信」というのはどうだろう。確かに、メーン競技場を置く須崎埠頭再開発だけで3800億円の大事業とされるなかで、市負担970億円という当局試算だけで済むわけなかろうもんという、「庶民の皮膚感覚」や「大衆の知恵(wisdom of crowds)」が濃厚な空気として働き、JOC選考委員会にも伝染していたにちがいない。
しかし、今回の件で、われわれが思いを致すべきは「勝った敗けた」の要因分析や政治談義ではなく、「いまの福岡に、はたして世界に向けて発信できる思想やファンタジーあるのか」という一点だと思う。そうした意味で、都市を舞台として、スポーツを通した平和の祭典として開催されてきたオリンピックそのものは、福岡市としてじっくり議論し、取り組むのに値するテーマである。しかし、これを企業の誘致や公共事業の誘致と同様のノリで臨み、最初から「誘致」に向けた都市間競争のレベルに落とし込めてしまったものだからよろしくなかった。
世界中の人びとはいま、商業主義に走り、テロに脅えながら開催されるオリンピックのありかたに根源的な疑問を持ち始めていると思う。そんなオリンピックのありようを、はたして大人たちは子どもたちに自信をもって伝えることができるだろうか。クーベルタンが提唱した近代オリンピックの理念からえらく遠いところに、現代のオリンピックは来てしまった。
そんななかで、福岡から「これからのオリンピックのありかた」を、商業主義に左右されない自立的な思想として発信していければ、それこそ「世界の尊敬と共感を集める都市」として歴史の記憶として残すことができるはずだ。個人的には、あるメディアとの打合せにおいて、「2016年に向けて毎年、『オリンピック 世界こども会議』を開催し、世界中の子どもたちとともに新しいオリンピックのありかたを議論し、宣言としてまとめていくワールド・プロジェクトを、福岡市の責任で始めたほうがよほどマシ」といった趣旨の発言をしたことがあるが、その想いはいまも変わらない。時代と共有すべき本質的な問題は、オリンピックの「思想再生」にある。どこの都市が開催を勝ち取るかというのはどうでもいいことだ。
2016年に向けた『オリンピック 世界こども会議』への取組みみは、いまから始めても全然遅くない。福岡には「アジア太平洋こども会議・イン福岡」という世界に誇ることのできる事業に民間主導で20年近くにわたり取り組んできた歴史がある。また、その根っこには、古代・中世以降の、海に向かって開かれた自由交易都市としての文化遺伝子もある。
ハード事業を起点に都市を活性化させるという19世紀型の発想はそろそれやめにして、市民不信ならぬ「市民の信」を起点としたソフト事業を組み立て、世界の人びとと平和について、スポーツについて、子どもたちの未来について語りあう「場」をつくれないものか。これからは、経済力や政治力、軍事力、といったハードパワーにかえて、文化、伝統、アートといったソフトパワーこそが、国や都市の影響力、まちの魅力の源泉となることに、もっと気づこうではないか。中央対地方、行政当局対市民という、同一平面でパターン化した構図の止揚(のりこえ)もそこからしか始まらない。

 *西日本新聞の記事→ http://www.nishinippon.co.jp/nnp/tokuho/
 *アジア太平洋こども会議・イン福岡→ http://www.apcc.gr.jp/j/