Kyushu-Okinawa 7 デビュー


昨日は、九州経済調査協会に目黒・田村・坂口の3人で乗り込み、それぞれに吹いた。ホラではない(笑)。何せ、九州経済調査協会の60周年記念事業のありかたたをさぐる真面目な研究会である。3人で結成・立上げをめざしているコンセプト・デザインのユニット「Kyushu-Okinawa 7」の思想を核として、九州の夢、そのなかでの九経調の役割についてマジモードで語った。ただ、ボクは九経調の卒業生ということもあって、お二人を脇に講演としての時間枠をもらい、50分ほど話をさせていただいた。田村さんのブログでは「まず、坂口さんの、時間をオーバーするも全くそのことを意に介さない基調講演からスタートした」となっているとおり、与えられた時間少しだけ(かなり?)はみだしてしまった。要は、古巣にもどり、久しぶりに気分がハイでセンチメンタルになってしまったというわけだ。お許しあれ!(笑)。
怪しい三人組の殴り込みにどのくらいの人たちが集まってくれるか、やや不安というか楽しみであったが、研究員のみならず事務スタッフを含め、40名近い人たちが耳を傾けてくれた。僕が一番言いたかったことは、インターネットの劇的な普及によって、情報がもはや希少資源ではなくなり過剰資源となって、組織ベースではなく個人ベースで検索・選択される時代になった。そして、情報を扱うシンクタンクは真っ先に思想と行動を変えて行かないといけないという点だ。「手始めに調査マン諸氏よ、ブロガーとしてパーソナルな情報発信を行おうぜ!」と久しぶりのアジテーションを行った。検索にかからない情報はただのクズである。検索を呼び込む情報が集まるオープンな情報プラットフォーム、定点観測されるブロガーが集積する活動拠点を構築し、九経調を分析・観測一方のシンクタンクから、検索・選択される実践的なシンクタンクとして変身させようと吹いていった。
ボクの後は、目黒さん、田村さんがウイットあふれる軽妙なスタイルで、自己紹介をかねた話をされた。お二人の語り口にはいつも感心させれるけれど、昨日のそれは格別であった。こちとらの講演は完全な前座(笑)である。ま、それはいいとして、集まってくれた人たちは、「セブン一座」興業を楽しんでもらったようで、後半では若い人たちが相次いで質問を投げてくれた。「情報選択の際の決意はどうしたら身につけられるのか」「交流力を磨くにはどうしたらいいの」「『千年シンクタンク』にははっとした。その道筋は?」・・・
研究会の後は、ほとんどの人たちが参加しての大宴会となった。酒を交わし、話に興じる顔・顔・顔をみると、みんなとても楽しそうであった。60周年記念事業を担当している八尋君は研究会の始まりで「日々閉塞感を感じるなかで、記念事業を契機にそこからなんとか抜け出したい」と控えめの発言をしていたけれど、どうしてどうして、それぞれに未来への意欲や展望を広げ合っている感じがびんびんと伝わってくるエキサイティングな場となった。そして二次会にも大勢繰り出し、そこでも延長戦が盛り上がった。しかし、11時すぎには「お先に」ということで、数人とその場を後にした(三次会で1時すぎまで騒いだ連中もいるらしい)。
いやはや、UFO(未確認飛行物体)もどきのKyushu-Okinawa7ではあるが、そのデビューはみんなに気持ちよく受け入れられたようであった。返りの電車の揺れが心地よかったのは言うまでもない。そのおかげで、下車駅の筑前前原からはるか先の唐津まで旅をしてしまった(笑)。

 *田村馨さんブログ→ http://blogs.yahoo.co.jp/kaorutamu/49367265.html