学会もたまにはいいことが

台風の後を追うように、朝一番の便で東京へ。新宿の工学院大学で開催されている日本感性工学会に参加するためだ。
じつは昨年の4月に出た『感性の科学』(僕も編著者として名を連ねています)が今年度の日本感性工学会の出版賞を受賞したということもあった、お礼とご挨拶ということで、3日にわたる学会会期の最終日に駆け込み参加するためだ。
この学会、感性哲学にはじまって、感性文化、感性教育、感性脳機能、感性マーケティング、感性工学、伝統工芸、、、と感性に関連する部会が30近く活動している、じつに幅広い学会である。今年は5月に、経済産業省が「感性価値創造イニシアティブ」をまとめ「美しい国づくり」の一環で打ち上げたこともあって、学会としても大きな期待を寄せての開催であった。
午前、午後といくつかのセッションをハシゴしてまわったが、収穫は「倫理規範部会の必要性と可能性を探る」という企画セッションであった。(財)日本訪問看護振興財団の吉武久美子さんが座長をつとめるかたちで行われた、(東工大の桑子俊雄さん(感性哲学部会)、久野節二さん(脳科学筑波大学)、林真里さん(倫理学工学院大学)のトークセッションであった。それぞれ、生命倫理(脳機能の計測がごく普通に行われるようになってきた)や、個人のプライバシーの問題(個人の行動を細かくトレースして分析していく研究が出てきている)が懸念されにもかかわらず、学会としてはノーチェックでいいのかという問題提起をされた。
確かにその通りで、僕もフロアから、「ニューロサイエンス、ニューロマーケティング等、人間性の深い部分についての研究成果をビジネスに直結させる動きも出始めていること」「インターネットの進化を背景として、個々人の生活履歴が詳細に収集・分析できるようになったこと」の意味をきちんと押さえて倫理規範論議をすべきであること、またそれとあわせて、「社会がかかえる課題に積極的に取り組んでいくという、ポジティブな行動原則もあわせて検討する必要があるのでは」という指摘を投げかけた。生活行動分析では、GPSを使った個人データの解析を始められているという加藤俊一さん(中央大学、経営システム工学)もお見えになっていて、研究的な興味とあわせて、倫理的な問題の展開について懸念をもっているという誠実な発言をされたのが印象的であった。
わずか90分の討議で、参加者も5〜6人と少なかったが、中身の濃い議論が展開され、急ぐべき課題でもあるので、発言者も参加するかたちで部会活動を早速はじめましょうという提案がなされ、僕も興味の赴くままホイホイと一枚加わることとなった。
二つ目の収穫としては、全プログラムの終了を祝して開催されたワインパーティにおいて、原田昭学会長や小阪裕司さん(オラクル・ししくみ研究所)、長沢伸也さん(早稲田大学)、大谷毅さん(信州大学)等、なかなかに面白い人びとと出会い、じっくりお話できたことだ。特に、小阪裕司さんとは、氏の『「感性」のマーケティング』が今年度の出版賞を並び受賞したこともあって、というより、美学の出身ということもあってアカデミズムとは離れたところで独自の手法で感性マーケティングを開拓されてきたことに、いたく共感し、エスタブリッシュメントに対するアンチな感情を含め、同じ志をもった仲間であるとの相互認識で大いに話が盛り上がった。小阪さんによると、感性マーケティングと言い始めた頃は、経営学の研究者からは学問的でないとバカにされ、こてんぱんにやられたという。しかし、マーケティングは人間の科学であるとの信念を曲げずにやってきたことが、今日につながっているという話には深く感銘をうけた。
理論フレームからはいるのではなく、現場でのミクロな事象からアプローチしていくという小阪さんのスタンスは大いに賛同できる。
いずれにせよ、学会の場で熱く語り合ったのは久しぶりのことだ。学会も苦手がらずにたまには参加しないといけないかなと反省(笑)したことであった。

 *『感性の科学』→ http://www.asakura.co.jp/books/isbn/978-4-254-10199-7/