映画『三池』はまるで絵巻物のようだった

古賀徹さん・山内泰さんが中心となってやっている九州大学芸術工学部「アート・オープン・カフェ」に参加、ドキュメンタリー映画『三池 ─ 終わらない炭鉱(やま)の物語』を観た。以前から観たいと思いながら、機会を逸していた映画だ。

 *アート・オープン・カフェ→ http://www.design.kyushu-u.ac.jp/kyoumu/kouza19aki.htm

三池炭鉱のあった大牟田市は僕が生まれ・育ったまちである。そのことが映写会に足を運ばせたのだと思う。大牟田の歴史は、三池炭鉱の歴史そのものだ。石炭が発見される前は、有明海をのぞむ小村でしかなかった。それが、地上に出た石炭鉱脈の発見以降、近代日本を支える産業都市として形成され、戦後日本の再生を牽引するエネルギー産業の拠点としてテコ入れされていくなかで、国家的な規模でとてつもない規模の資源が投入されていった。その輝かしい表の顔の一方で、下の映画のイントロダクションにもあるように、様々な「負の遺産」をかかえかかえこんでいくこととなった。そんな歴史をとりあげた映画ということで、さぞかし重たいだろうなと思っていたが、さにあらず。特定の思想とか立場、利害といった夾雑物をとりさり、それを超えた本質部分だけを淡々と紡いでいってつくりあげた絵巻物をみているようで、深く静かな感動とともに、1時間40分があっという間に過ぎていった。

歴史の主役が人間である以上、そこには生きることから必然的に出てくるドラマがある。総資本対総労働とまで言われた三池争議(1960年)の一方の当事者であった鉱山副事務長からは、争議のクライマックスにおいては身を守るために実はブローニン(拳銃)を携行していたという、これは映画か現実かというエピソードが出てくるし、組合切り崩しの責任者であった人間からは、熊谷博子監督の「第二組合に資金的援助はしましたか」という質問に、しばらく間を置き、「しなかったといえばウソになるでしょうな」とおもむろに答える印象的なシーンもあった。こうした言葉にはもはや善悪の次元はなく、自ら身を挺してぶちあたっていった歴史的事件の真実の断面をきちんと残しておこうという、歴史に対する責任意識のようなものが感じられた。

また、映像は労働側のエネルギーを下から支えた女性の活躍を、当時の炭鉱主婦協議会の中心メンバーの証言をつうじて描いていた。そのなかには、「三池があれだけ悲惨な事態となった最大の元凶は、思想だか学者の理想だかで大衆を引きずり回していった向坂にあります」と、労働側の思想的指導者(というより煽動者)であった向坂逸郎九州大学教授の責任を一刀両断に裁断した発言があった。アタマだけの「知識人」のアプローチに対し、生活から発想していく、庶民のリアリズムを基盤とした女ならではの凄みがそこにはあった。その発言の主は、仲間の主婦たちが参加していた「向坂学校」にも顔を出すことはなかったという。そして、同じ女性の口から、「組合の団結も女性から崩れていった」との言葉が語られていった。そして、「みんな仲間だ」ということで女性たちが必死に耐え忍んでいった、全国カンパ資金による「1万円生活」が、生活苦のなかで一人二人と崩れていくのにそう時間はかからなかったとも。

これらはいずれも、きれい事ではない、当事者の生の声である。しかしそれは、半世紀ちかい年月を経て、心の傷も多少癒え、人生の最終局面を意識しはじめているからこそ、言葉になしえたものだと思う。しかも、時代のなかで、必死に生きてきた人びとの対する監督のあたたかい視線と、ドキュメンタリー映像という方法があってはじめて引き出すことのできるものではないか。絶妙の取り合わせとタイミングが生みだした一回限りのライブ作品としか言いようがない。

この映画を観ながら、青木昌彦氏(スタンフォード大学名誉教授)が現在、日経朝刊で連載中の「私の履歴書」のことを思った。青木氏も「三池」と同時期にあって、学生左翼運動家として一世を風靡した人物である。立場や役割は違うものの、その語り口は「三池」の語り部と共通するものがある。自分の過去を振り返り、つきななすような目線で見直してみると、そこにあるのは大河のような大きな流れとそれを構成する小さな粒子や渦のような人間の存在・・・という覚めた歴史的な感覚である。そこに深い共感を覚えるのだと思う。それだけ歳をとったということだ。映画の後は、映写会にみえていた、同じくらい歳をとっている(笑)福岡市役所の佐々木さんをお誘いし、ビールをちょっとだけ飲みながら映画のこと、「ただの庶民学」が必要だよねといったことなどを喋くり合ったあと、家路についた。


<制作者によるイントロダクション>
1997年3月30日、日本で最大の規模を誇った三池炭鉱は閉山しました。でもその歴史を、「負の遺産」と言うひともいます。囚人労働、強制連行、三池争議、炭じん爆発事故・・・。過酷な労働を引き受け、誇り高くやまに生きた男と女たちの証言を聞き続け、7年がかりで完成させました。勇気をもって命がけで生きること。そのひたむきな力。今さらではなく、今だからこそ未来への思いを込めて伝えたい。150年以上にわたる、三池炭鉱の歴史に、初めて正面から向き合った映画です。
*シグロ社ホームページ→ http://www.cine.co.jp/miike/index.html


【おまけ】シグロ社のホームページによると、11/7(水)〜11/10(土) の期間、福岡市総合図書館(092-852-0600)において『三池』の上映会が予定されています。