野菜から・料理から学ぶ

日本を代表する自家採種 野菜農家・岩崎政利さんと日本人唯一のイタリア「スローフードアワード」受賞者である武富勝彦さんのデュエット講座のお誘いを、『手の間』の田中智子さんからいただいたので出かけた。武富さんには、12月10日から始める「リベラルアーツ講座」のゲストスピーカーとしてお越しいただくことになっており、“予行演習”もかねての参加である。講座のテーマは、「新・養生料理講座〜伝統野菜を学び、食べる〜秋野菜編・菜っ葉を中心に」。素材が岩崎さんの野菜で、料理人が武富さん。
「手の間」での講座風景
開始予定時間に何とか間に合い『手の間』に着くと、10名余りの方々が席に着かれ、その周りにはこれから供されることになる沢山の野菜たちが並べられていた。レジメをみると、24種類もの伝統野菜が登場する予定とのことで、弥が上にも期待に胸が膨らんでいった。
元気な野菜たち
最初は「五寸ニンジンのジュース」。何も加えていないというのにとても甘く、ニンジン固有の嫌みが全くない。そして次にカブ菜が出され、松ヶ崎浮葉カブ、壬生菜、畑菜、長崎赤カブ、みやまカブ、大和真菜、福立菜、、、と次から次にお皿にお浸しやスライスの形で出されていった。それぞれに岩崎さんの説明付きである。野菜は、そのままでと、武富さんお手製の柚子醤油を添えてと、交互にいただいていった。
このカブの名前は何だったけ?
岩崎さん、長崎県雲仙岳のふもとで『種の自然農園』を営まれ、約80種類の野菜を生産し、50種類以上の野菜の種子を採種されておられるとのこと。一つ一つの野菜についてなされる丁寧な説明、そして何より野菜に対する愛情がひしひしと伝わってくる口ぶりには、野菜以上に感銘を受けた。20年以上にわたって、農薬や化学肥料を使わない有機農業・自然農業の道を歩むなかで、「種の力」に行き着き、採種の世界にのめり込んでいかれたそうだ。種に力をそなえた野菜は、別段に有機物を与えなくても力強く育っていくことを発見し、大きな感動を得たのこと。人間世界にも環境か人間力かという永遠のテーマがあるが、養分を環境に、種を人間に置き換えると、問題状況は同じようなものではないか。
雲仙こぶ高菜を手にする岩崎政利さん
内部に成長する力をもった種を選抜するためには、野菜たちと5年・10年とつきあうなかで、例えば大根1本1本の個性を見分けていって、この大根を残したいという決断が必要となる。岩崎さんに言わせると採種における母本選抜のありよう(どんな野菜にしたいのか)に、その人の生き方や思いが全部出てくるそうだ。また、種を採るのに一番大事なのは野菜の花の咲く瞬間だそうで、その瞬間が、花を知る、野菜の一生を知っていくことにつながっていく。岩崎さんはそれを「野菜の中に入っていく」とも表現された。人と野菜、人と種子との真剣勝負。うーん、じつに深い世界だ。
「雑木林が私の先生です」。さまざまな種類の木や生き物が共生する雑木林の姿、自然の雑草は自らの種を落として子孫を残すこと、いわゆる種子の問題、あるいは不耕起、あるいは水の問題…みな雑木林から学んできました、とおっしゃる。「私には農業の師匠がなく、あえていえば雑木林こそが師匠です」。カッコいいの一言だ。
岩崎さんの野菜講座がひとしきり終わると、岩崎さんの野菜を使った武富さんの料理が次つぎにテーブルに配されていった。つくね芋とゴマとエビの蒸しもの、五寸ニンジンとイカの蒸しもの、大根と豚肉と揚げの煮物、五寸ニンジンの羹、、、。そしてトドメは、先日唐津くんちでお会いした「燻や」の特製「イノシシ肉のウィンナー」。武富さんの指示で、つい最近捕獲されたイノシシの肉をスパイシーを一切使わず、塩とニンニクだけで作製したものだそうで、「えっ、これがイノシシ?」。信じられないほどの旨さであった。
黒ゴマは10時間近く蒸してあるという
今回は野菜たちが主役で、武富さんの料理は引き立て役という役回りであったが、それでも武富さんの「最近、アクをぬく・とることを調理法のみならず健康法としても追求しています」というのは、誠に興味深い話であった。食生活法や食事療法として広まっているマクロビオテックの世界では、皮や根も捨てずに用い、一つの食品は丸ごと摂取することが望ましいという「一物全体」の考え方が中核思想の一つとなっているけれど、アクはとりすぎるとカラダによくない(アクにはカラダの毒素を排出するという役割があるけれど、とりすぎるとカラダの必要成分まで排出してしまう)ことに気がつかれたというのだ。武富さん自身、マクロビオテックを長らく実践してこられたという。しかし「これは正しい」と思考停止に陥ることなく、その世界での「定説」のウソや「常識」の限界を実践のなかで見つけ出し、乗り超えていく ─ 。語り口は静かで控えめであるけれど、そこにはほんものの求道者・革命者の姿があった。12月20日リベラルアーツ講座でじっくりお話をうかがうのが楽しみだ。
ヨーグルト入り味噌でつけた漬け物を説明中の武富勝彦さん

 *岩崎政利さん「わたしの種子採り物語り」→ http://www.ninjinclub.co.jp/tushin/tane/index.html
 *手の間→ http://www.tenoma.net/home.html