もう大学には期待しません

これも、しばらく鞄に入れて持ち歩き、二度三度と読み返した言葉 ─ 。もともとは中世ドイツの研究家でありながら、「世間」をキーワードにした日本文化論にも取り組まれてきた、阿部謹也さんの談話である。一橋大学共立女子大学の学長も歴任されてきたお方の言葉であるだけに重い。
「日本人は、私は文科系ですとか、理系ですからとか、すぐ言うでしょう。この二文法が染みついているんです。文系と理系に分けるのは一見当然のようだけれど、これは日本特有といってもいい、歴史の産物なんです」
「日本は明治期に西欧から学問を輸入しました。軍備と殖産興業を重視し、これに直結する理系の学問を切り分ける形で力を入れました。大学に工学部を作ったのも日本が最初です」
「学問自体が文理の二文法に合わなくなっています。例えば、環境問題は文系とか理系とか一概に言えない。医学も一般には理系でしょうが、今後は患者の心の問題に配慮するといった人文科学的な対応が重要となる。日本史のような学問でさえ自然科学との協力が有益か不可欠です」
「日本では、専門以外はまともな話ができない学者が多いのです。文系と理系、さらに専門ごとにたこつぼ化しているため学問のレベルも上がらない」
文部科学省が配分する研究費は文理の区別を残したまま、科学技術振興のかけ声の下で理系への配分が増え、ますます文理の壁を厚くしています」「
「私も大学人でしたが、もう大学には期待しません」
生涯学習の場などで、リベラルアーツ(教養)を基本に据えた新しい学問のあり方を探るのが日本の将来のために必要だと思います」
日本経済新聞 2006年5月15日)

最後の「(大学以外の場で)リベラルアーツ(教養)を基本に据えた新しい学問のあり方を探るのが日本の将来のために必要」というのは、大学への“居残り”を続ける身にとって耳の痛い指摘である。