息を抜くことの難しさ

昨日、舞鶴の「兼平鮮魚店」で、K協会のT君、U君、そして田村さんの4人でのんだ。K協会は私の以前の職場だ。いわゆるシンクタンクで、地域の産業経済を扱う組織である。古巣の近況を久しぶりに聞いた。シンクタンクは今はどこも経営が難しく、閉鎖や縮小に追い込まれるところが少なくないが、K協会はそうしたなかでは珍しく受注も活発で、人が足りずに繁忙をきわめているという。
それじたい悪い話ではないけれど、T君は、認知症を発症したお父さんのケアと、仕事とのバランスに悩んでいる様子であった。お母さんが半年ほど前に亡くなられたすぐ後に、そのショックからか、お父さんの様子が急におかしくなり、認知症と診断され、現在はあるグループホームで暮らしておられるという。T君は、責任あるポジションで仕事に追われる合間をぬって週1回通い、車いすでショッピングセンターに連れだすなど、生活の激変ぶりに驚きを隠さなかった。さぞかし大変だと思う。
こうした状況下では、仕事をとるか家族をとるかという二分法的な気分のなかで、本人にすれば仕事の忙しさと「もっと行ってあげたい」という気持ちの板挟みで、ストレスを抱え込まざるを得ない。高齢化・少子・核家族社会のなかで、こうした問題は誰でもがぶつかる可能性があるだけに、他人事ではない。しかし、T君の悩みを聞いてあげているうちに、K協会では最近、介護休暇制度のような制度を導入したというのだ(育児休暇制度については逆に、縮小だそうだ)。かつての職場として、こんなことはありえないとハナから思っていただけに、驚きであった。
そしてT君には、「その制度を使って、“8割操業、そのかわり給料カットもOK”といったことを申し出たら、ずいぶんと気分的にもラクになるのでは」ということを提案した。高齢者とりわけ認知症のご老人のケアは並大抵ではないだけに、仕事場での「ガンバリズム」をそのままにした状態では心身がもたないと想像がつく。余計なお世話と知りつつ、「いい制度じゃないか、でもそれをいかす側がじょうずに意識転換(「トップギアをシフトダウンする」)をしないと潰れるぞ」と思わず言ってしまった。仕事場では管理職であり、中核的な存在であるだけに、意識転換には大きな勇気が必要であろうということは痛いほどわかる。
仕事について余裕や遊びがどんどん狭まる一方で、家族の介護やら子どもの問題やらで、現代社会のサラリーマンのストレスは昂進せざるをえない。T君には、ハンドル、エンジン、アクセル、ブレーキの巧みなさばきで、この難局をのりきってほしい。
悩みやら、愚痴やら、ボヤキやらを吐き出して少しはすっきりしたのだろうか、T君・U君が私をバス停まで送ってくれた。少しセンチメンタルな気分で、「へたに頑張るな!」「“いい加減”でやれ!」と言って二人と握手を交わし、バスに乗り込んだ。