承天寺の怒り(1)

あたりまえだが、「事件」は突然もたらされ、日々の連続した世界に裂け目を入れる。今回立ち会うこととなった事件は、おそらくこれからいろんな問題をあぶり出し、様々な人間模様を浮かび上がられていくことになると思う。舞台は、博多の歴史のかなめともいうべき存在である承天寺(正式には承天禅寺)。博多三古刹の一つに上げられる由緒のあるお寺である。お寺が巻き込まれた事件がどのような展開を見せていくか、その記録を事態の推移とともに書き連ねていくことにしよう。

事件に出会った発端はというと、このところ所用が重なり、毎週木曜日の早朝坐禅会に参加できていなかったので、久しぶりに今週こそは行こうと思っていた矢先のことだった。博多織デベロップメントカレッジでの学生であり、坐禅仲間でもあるMさんから、「寺の墓地の裏で、15階建て高層マンションの建設計画があることを知りました。周辺の町並・景観を守りたいのでなんとか策を考えたいのですが、、」という相談メールが飛び込んできた。昨日のことだ。初耳であった。こりゃいかん、ということで思いつくことを返事として書くとともに、景観問題や博多部のまつづくりに詳しい玉井輝大市議に相談のメールを打った。

一夜明け、きょうはぜひとも行かねばということで、作務衣を着て承天寺に向かった。以前は真っ暗だったのに、最近だと6時前でもあたりはすっかり明るい。寺では春の光と緑の風を感じながら、いつものように1時間の座禅。終わって、茶会の席につくやいなや上方(じょうほう。神保至雲 住職のこと)から、「コレですよ」と住宅会社から二、三日前に届けられたという「ご近隣の皆様へ ─共同住宅建築についての説明会のお知らせ」という案内と、マンション建設現場についての地図を見せていただいた。そして茶会の席はマンション建設対策会議に一変。座禅会のメンバー9名で鳩首協議。そして、現場を見てみませんかという上方の薦めで、庭園に出て、墓地を通り抜け、問題の建設予定地と境内との境界地帯へ。

建設予定地というのは、もともとお寺の用地が何かの理由で売られ、それが住宅会社の手にわたったという経緯もあり、まさに寺に密着した状態。そこに15階・計108戸のマンションが建つとなると、お墓はもちろんのこと、本堂の真裏に、境内を見下ろすようなかたちで、巨大な壁が出現することになる。現場に立つと、その異様さがたちどころに了解された。これはヒドイ! 山笠、博多織、うどん、お茶が承天寺を起点に全国に広まったという博多の歴史に対する無理解、まちの景観・たたずまいに対する無神経な計画に、怒りが込み上げてきた。しかし、全体状況がまだつかめていない以上、まずは7時からのマンション建設説明会には皆で押しかけましょうという上方の勧めもあって、7時集合を確認し、一旦解散へ。

仕事を切り上げ承天寺へ。上方を先頭に、説明会会場として指定された住宅会社の福岡支社ビル11階会議室(このビルの、狭い道路をはさんだ向かい側に会社保有の駐車場と承天寺境内が続く)に入る。応対したのは、マンション建設計画の責任者と設計を担当している会社社長の二人。二人とも緊張の面持ちであることが手にとるようにわかる。30人ほどが集まったところで、会社の担当者から「実は」との説明が始まった。それによると本日、福岡市の都市景観室から呼び出され、一帯が「都市景観形成地区」に指定されていることに鑑み、「建築の際は承天寺からの眺望を十分考慮すること」という景観ガイドラインを提示され、改めて慎重に計画をすすめることという指導を受けたというのだ。それで、説明会で開示する予定であった建設計画の詳細については、計画内容を再検討のうえ説明会は改めて開きますので、きょうのところはこれでお引き下がり下さい、となったものだから一同の怒り爆発。まずは上方が口火を切り、お寺の関係者、周辺住民、まちづくり関係者が入れ替わり立ち替わり、計画がいかにトンデモナイか、1時間余り怒りをぶちまけた。

この寺を預かっておられる上方の迫力はなかなかのものだった。「もし、建設をされるというのであれば、わたしはハラをくくります」「高さの問題ではありません。建設をされるというのであれば、山笠をはじめ承天寺の関係者は総出で反対しますよ。建設そのものをおやめなさい」・・・こうした、文字通りお坊さんの「説教」を、住宅会社の柔和な雰囲気の担当者はどのように聞いたであろうか。寺とともに生きてこられた近隣住民の方は、新参者である建設会社のこれまでの不届きぶりを、事実をもって語られた。また、他の参加者は相次いで、この場に支社長はおろか社長が出席していなことは失礼極まりない、この歴史・伝統地区でマンションを建設することを通常の「物件」と同じ意識で軽く考えているのではないかとのスジ論を投げ掛けた。ボクも、参禅者は承天寺関係者であるとの確信をもって、「法的に問題なしとなっても社会的には恥ずべき行為、企業ブランドに傷がつきますよ」といったことを発言し、説明会修了後、担当者には「企業が収益を追求せざるを得ない存在である前に、社会を構成るる市民であることを肝に銘じましょうよ」と伝えた

九州新幹線が全面開業する2011年までに、JR博多駅の建て替えが計画され、福岡・九州の顔である博多駅と日本有数の歴史ゾーンである博多部との一体的な関係づくりが議論に上りつつある矢先でのこの事件である。そして景気拡大のもとで、博多駅再開発の動きとも重なって、この地区は最近、不動産投資マネーが福岡市内でもとりわけ関心を寄せるエリアとなっている。下手をすれば、静かな寺町が不動産投資の舞台とされ、駐車場が高層マンションに置き換わって、博多の歴史・文化景観が台無しにになる危険性があるのだ。
いずれにせよ、福岡の誇りであるお寺と美しい庭園の背後に高層マンションが傍若無人に屹立するというのは、洒落にもならない醜悪な光景だ。Mさんは、説明会の後、ブログに次のような書き込みをしている。全く同感である。


承天禅寺の真裏に、15階建ての高層マンションが建設予定なのだという。15階建てというと、この美しい本堂のすぐ後ろの景色が、マンションとなってしまう。本当にそんなことがあり得るのだろうか。・・・様々な歴史と文化、お寺にご縁のある多くの人々の想いがつまったこの承天禅寺。いつまでもいつまでも、博多の、私達の誇りとなる美しいお寺・まちであってほしい。一度失われたものは、容易に元には戻らない。



(本堂と背後の建設会社ビル)  (墓と建設会社の間が予定地)  (境内と予定地の境界)

(建設予定地の駐車場)     (建設会社11階から見下ろした承天寺